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東京地方裁判所 昭和59年(ワ)14767号 判決 1986年7月08日

原告

小森福松

ほか三名

被告

スリー・エス・シンワ株式会社

ほか一名

主文

一  被告らは、各自、原告小森福松に対し、四八六万五二二一円、原告小森孝、同山上美津子及び同田中時子に対し、それぞれ四〇四万五二二一円並びに右各金員に対する昭和五八年七月八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その二を被告らの負担とし、その余を原告らの負担とする。

四  この判決は、主文第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、各自、原告小森福松(以下「原告福松」という。)に対し六八一万六三三〇円、原告小森孝(以下「原告孝」という。)、同山上美津子(以下「原告美津子」という。)及び同田中時子(以下「原告時子」という。)に対しそれぞれ五七一万六三三〇円並びに右各金員に対する昭和五八年七月八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和五八年一月一七日午後一時五分ころ

(二) 場所 埼玉県東松山市大字大谷四一〇六番地先交差点(以下「本件交差点」という。)

(三) 加害車両 大型貨物自動車(川崎八八か二三六)

右運転者 被告田村保男(以下「被告田村」という。)

(四) 事故態様 被告田村は、加害車両を運転して、国道四〇七号線(以下「本件道路」という。)を坂戸方面(南方)から熊谷方面(北方)に向かつて進行し、本件交差点に差しかかつた際、同交差点を東松山病院方面(左方)から右方に横断しようとした訴外亡小森とみ(以下「亡とみ」という。)に加害車両の左側後輪付近を衝突させた(右事故を、以下「本件事故」という。)。

(五) 結果 本件事故により、亡とみは後頭部挫創、脳挫傷、脳内出血、右足関節開放性脱臼骨折、右足背挫創及び右第二、第三、第四中足骨骨折の傷害を受け、同年七月七日敗血症を併発し死亡した。

2  本件事故と亡とみの死亡との因果関係

亡とみは、本件事故により前記傷害を負つたため、全身状態を保つ生体の恒常性に破綻をきたし、その結果、肺機能不全、肝機能不全、腎機能不全の状態に陥り、さらに長期臥床に起因して肺合併症による肺炎を併発し、肺感染症が長期にわたつたため敗血症を併発して死亡したもので、本件事故と亡とみの死亡との間には相当因果関係がある。

3  責任原因

(一) 被告田村の責任

被告田村は、前方約四五メートルの本件交差点左側に本件道路を横断しようとしている高齢な亡とみを認めたのであるから、同女の動静を注視し、減速する等の措置を講ずべき注意義務があるのに、これを怠り、単に注意を促すため警音器を吹鳴したのみで、同女が横断することはないものと軽信し、最高速度が時速四〇キロメートルに規制されている本件道路を右最高速度を超える速度で漫然と進行した過失により、本件事故を惹起したものであるから、民法第七〇九条の規定に基づき本件事故によつて生じた損害を賠償する責任がある。

(二) 被告スリー・エス・シンワ株式会社(以下「被告会社」という。)の責任

被告会社は、加害車両を自己のため運行の用に供していた者であるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)第三条の規定に基づき本件事故によつて生じた損害を賠償する責任がある。

4  損害

(一) 治療費 四八四万二九二〇円

亡とみは、本件事故により昭和五八年一月一七日から同年七月七日まで医療法人東松山整形外科病院に入院して治療を受け、その間治療費を負担することになつたが、そのうち四八四万二九二〇円がいまだ被告らから支払われていないため、損害として残つている。

(二) 亡とみの慰藉料 二〇〇万円

亡とみは、本件事故による前記受傷により、死亡までの間、前記のとおり入院治療を受けたが、右受傷及び入院によつて亡とみが被つた精神的苦痛に対する慰藉料としては少なくとも二〇〇万円が相当である。

(三) 相続

原告らは、いずれも亡とみの子であり、亡とみの死亡により法定相続分に従い各四分の一の割合で亡とみの損害賠償請求権を相続取得した。

(四) 葬儀費用 一〇〇万円

原告福松は、亡とみの葬儀を行ない、その費用として一〇〇万円を支出した。

(五) 原告らの慰藉料 合計一四〇〇万円

亡とみは明治三七年生れの高齢者ではあつたが、本件事故に遭うまでは極めて健康であつたもので、原告らの亡とみを失つた精神的苦痛は大きく、慰藉料としては各三五〇万円が相当である。

(六) 弁護士費用 合計二一七万八四〇〇円

原告らは、被告らから損害額の任意の弁済を受けられないため、弁護士である原告ら訴訟代理人に本訴の提起と追行を委任し、その費用及び報酬として原告福松において六一万九六〇〇円、原告孝、同美津子及び同時子においてそれぞれ五一万九六〇〇円を支払う旨約した。

5  結論

よつて、原告らは、被告ら各自に対し、本件事故による損害賠償として、前記損害の内、原告福松において六八一万六三三〇円、原告孝、同美津子及び同時子においてそれぞれ五七一万六三三〇円並びに右各金員に対する本件事故発生の日ののちの日である昭和五八年七月八日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(事故の発生)の事実は認める。

2  請求原因2(本件事故と亡とみの死亡との因果関係)の事実は否認する。

3  請求原因3(責任原因)の事実及び被告らの責任は認める。

4  請求原因4(損害)の事実のうち、(一)治療費は認め、(四)葬儀費用、(五)原告らの慰藉料の事実は不知。

5  請求原因5の主張は争う。

三  抗弁

1  過失相殺

亡とみが横断しようとした場所は、国道上の交差点内であり、亡とみの左約七メートルのところには横断歩道があつたにもかかわらず、亡とみは敢えて危険な交差点内を横断しようとしたのみならず、その際、加害車両の進行状況に全く注意を払わず、被告田村が吹鳴した警音器の音にも全く気づかないまま横断したものである。

よつて、亡とみの右過失を斟酌して、三割の過失相殺をするのが相当である。

2  損害のてん補

亡とみの損害としては、原告ら主張の損害の他、治療費として一七〇万四五〇〇円、看護料として二〇一万二〇八七円、入院雑費として六万〇八〇四円があり、被告らは右損害を支払つた。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1(過失相殺)の事実は否認し過失相殺の主張は争う。

2  抗弁2(損害のてん補)の事実は認める。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  請求原因1(事故の発生)の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、本件事故と亡とみの死亡との因果関係について判断する。

1  前記の争いのない事実に成立に争いのない甲第四、第五、第一二号証、第二〇号証の三、乙第一、第二号証、原本の存在と成立に争いのない甲第二、第三、第六号証、第二〇号証の一及び原告福松本人の尋問の結果を総合すれば、以下の事実が認められる。

(一)  亡とみは、明治三七年一二月二五日生まれの女性であり、本件事故当時満七八歳であつたが、本件事故に遭遇するまでは、非常に健康で、健康診断を受けていたものの、風邪をひいたり寝込むこともなく、記憶力も良好で、老人性の痴呆症状等も呈していなかつたうえ、自らの食事の支度も全て自分一人で行ない、規則正しい生活を送り、散歩、観劇、旅行等で外出することもあつた。

(二)  亡とみは、本件事故により外傷性脳内出血及び脳挫傷等の傷害を受け、受傷当初は見当議障害があり、CTスキヤン検査上、左側頭葉内に脳挫傷が、左シルビウス裂内には血腫が、更には外傷性くも膜下出血も認められ、その後両前頭葉には外傷による硬膜下水腫が出現した。

(三)  昭和五八年二月に入り、亡とみは全身状態が好転し、同年三月の段階ではCTスキヤン検査上新しい血腫は認められず、やや改善傾向を示し、同月二六日からは早期離床のため歩行訓練を始めたが、同月三日のCTスキヤン検査において、初診時のCTスキヤン検査におけるよりも脳室の拡大が認められた。これは外傷性くも膜下出血後の髄液循環動態に異常を来たしたことによるもので、このため同年四月に入ると、亡とみは痴呆症状を呈したほか、食事の摂取が低下し、同年五月には尿失禁等の神経症状を呈した。

(四)  更に同年六月に入り、亡とみは食事の摂取量が三分の一に減少し、歩行も困難となつて、すぐ眠る等の状態に至り、同月中旬頃には栄養補給を保つため高カロリー輸液(IVH)による点滴栄養を始めたが、この頃から本件事故による受傷のため生体の恒常性に破綻を来たし、肝臓、腎臓等に障害を起こし、更に肺炎を併発し、高年齢の亡とみにおいては重症肺感染症が長期化していたことと長期臥床により抵抗力が減弱していたため、肺炎及びIVHカテーテルからの感染により敗血症を併発して死亡するに至つた。

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

これに対し、亡とみの死亡が同人の既応症等によるものであることを窺わせる証拠はない。

2  右認定の事実によれば、亡とみは、本件事故による受傷自体によつて直ちに死亡したものとはいえないものの、本件事故による脳挫傷等の傷害が治癒しないまま、右傷害とこれに伴う長期臥床に高齢であることも加わつて体力、抵抗力の低下を来たし、そのためほぼ不可避的に敗血症を併発して死亡したものと認めることができるから、本件事故と亡とみの死亡との間には相当因果関係があるものというべきである。

三  請求原因3(責任原因)の事実及び被告らに責任があることは当事者間に争いがないから、被告らには、亡とみの傷害及び死亡による損害を賠償すべき責任があるものというべきである。

四  進んで、原告らの損害について判断する。

1  治療費 合計六五四万七四二〇円

亡とみが、本件事故により昭和五八年一月一七日から同年七月七日まで医療法人東松山整形外科病院に入院して治療を受け、その間の治療費として六五四万七四二〇円を要したところ、このうち一七〇万四五〇〇円については被告らから支払を受けたものの、残額四八四万二九二〇円については、被告らから支払がなされていないことは当事者間に争いがない。

2  看護料及び入院雑費 合計二〇七万二八九一円

亡とみが前記入院期間中看護料として二〇一万二〇八七円、入院雑費として六万〇八〇四円を要したことは当事者間に争いがない。

3  亡とみの慰藉料 二〇〇万円

前記認定にかかる亡とみの傷害の内容・程度、入院日数、治療の経過等の諸事情を考慮すると、亡とみが右傷害によつて被つた精神的苦痛に対する慰藉料としては二〇〇万円をもつて相当と認める。

4  相続

前掲甲第五号証及び弁論の全趣旨によれば、原告らは亡とみの子であつて、亡とみの死亡により、その損害賠償請求権を法定相続分に従い各四分の一の割合で相続取得したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

5  葬儀費用 八〇万円

原告福松本人の尋問の結果及びこれによつて真正に成立したものと認められる甲第一五号証の一、二、第一六号証の一、二、第一七ないし第一九号証によれば、原告福松は亡とみの葬儀を行い、これに一〇〇万円以上の費用を支出したことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はないが、前示の亡とみの年齢、その他本件において認められる諸事情を考慮すれば、本件事故と相当因果関係のある葬儀費用としては八〇万円をもつて相当と認める。

6  原告ら固有の慰藉料 合計一〇〇〇万円

前示の亡とみと原告らの身分関係、その他本件において認められる諸事情を考慮すると、亡とみの死亡による原告らの慰藉料としては、それぞれ二五〇万円をもつて相当と認める。

7  過失相殺

前記争いのない事実、成立に争いのない甲第七号証ないし第一〇号証、第一三号証によれば、以下の事実が認められる。

(一)  本件交差点は南北に走る本件道路(国道四〇七号線)とこれを東西に横切る道路とがほぼ十字に交わる信号機が設置されていない交差点であり、付近は市街地ではなく、右交差点の北側には本件道路を横断するための横断歩道が設置されていたが、本件事故当時本件交差点付近の西側車道側端及び歩道部分は本件交差点の西側を除き工事中であつたため、右の横断歩道は運行しにくい状況になつており、また同所付近における本件道路の車道幅員は約六メートルに制限されていた。

(二)  被告田村は、大型タンクローリー車である加害車両を運転し、最高速度が四〇キロメートル毎時に指定されている本件道路を坂戸方面(南方)から熊谷方面(北方)に向かい時速約五二キロメートルの速度で進行し、本件交差点の約四五メートル手前で、本件交差点の左側に本件道路を左方から右方へ横断しようとしている亡とみを発見したが、同女に注意を促して先に進行しようと考え、本件交差点の約三〇メートル手前で警音器を軽く吹鳴したのみで同女が横断することはないものと軽信し、右速度のまま約一〇メートル進行した時、亡とみが本件交差点を横断し始めたため、右転把しながら急制動の措置をとつたものの、本件交差点の中央付近で加害車両の左側後輪付近を亡とみに衝突させた。

(三)  亡とみは、多少目が悪く、遠方を十分に見ることができないため、本件事故当時も加害車両に全く気付かず、本件道路を横断する際、道路端部分で一旦止まつたが、走行してくる車両はないものと思い込み、本件交差点の中央付近の車道部分を横断し始めたところ、右方から進行してきた加害車両に衝突された。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右の事実によれば、亡とみには、左右の安全の確認を十分にしないまま本件交差点を横断した過失があるものというべきであり、前示の被告田村の過失と対比すると、亡とみには本件事故の発生につき一割の過失があるものと認めるのが相当である。

よつて、前記認定の原告福松の損害額五九五万五〇七七円(一円未満切捨)、原告孝、同美津子及び同時子の損害額各五一五万五〇七七円(一円未満切捨)から、過失相殺としてそれぞれ一割を控除すると、損害残額は原告福松五三五万九五六九円(一円未満切捨)、原告孝、同美津子及び同時子各四六三万九五六九円(一円未満切捨)となる。

8  損害のてん補 合計三七七万七三九一円

被告らが亡とみの傷害による損害に対するてん補として合計三七七万七三九一円を支払つたことは当事者間に争いがないから、これを前示の法定相続分の割合で原告らの損害に充当すると、原告福松の損害額は四四一万五二二一円(一円未満切捨)、原告孝、同美津子及び同時子の損害額は各三六九万五二二一円(一円未満切捨)となる。

9  弁護士費用 合計一五〇万円

弁論の全趣旨によれば、原告らは被告らから損害額の任意の弁済を受けられないため、弁護士である原告ら訴訟代理人に本訴の提起と追行を委任し、その報酬を支払う旨約したことが認められるところ、本件事案の難易、審理経過前記認容額等本件において認められる諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用としては原告福松分四五万円、原告孝、同美津子、同時子分各三五万円をもつてそれぞれ相当と認める。

五  結論

以上のとおりであるから、原告らの被告らに対する本訴請求は、被告ら各自に対し、本件事故に基づく損害賠償として、原告福松において四八六万五二二一円、原告孝、同美津子及び同時子においてそれぞれ四〇四万五二二一円並びに右各金員に対する本件事故発生の日ののちの日である昭和五八年七月八日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから、右限度でこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 塩崎勤 小林和明 比佐和枝)

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